忍辱山 圓成寺
境内案内
  • 本堂(阿弥陀堂) 重要文化財
    室町時代

    応仁の兵火後、ただちに平安後期に建てられた本堂と同じ姿に再建された堂宇です。正面三間、側面四間。左右に一間の孫庇をつけ、これを身舎の屋根から一続きの縋破風屋根で葺いています。身舎は円柱、隅に舟肘木を用い、他は大面取りの角柱としています。前庇は開放の大床張りとし、中央一間に階段を付け、左右各一間は床を一段高くし舞台としています。全国でもまれな、春日造社殿両庇付寝殿造阿弥陀堂です。堂内には本尊阿弥陀如来坐像(重文・平安後期)、その四方に四天王立像(重文・鎌倉)が、また左右庇下の御堂、経蔵、局には開山当初の本尊と伝わる十一面観音立像(平安中~後期)や寺宝が安置されています。
    昭和33年から施工された復元解体修理のとき、今の本堂は、文正元年(1466)に焼かれた天永3年(1112)創建の旧本堂(藤原時代の阿弥陀堂様式)の規模・様式をそのままに再建したものであることがわかりました。
  • 本堂(阿弥陀堂) 内陣(本尊厨子・阿弥陀如来来迎図) 重要文化財
    室町時代

    須弥壇上にあって、室町時代再建時の銘文を持つ本尊厨子は三方解放高御座型大型厨子と呼ばれ、四隅にさし出たわらび手や、四方正面にある蟇股は端正な美しさを保っています。
    本堂内陣母屋四本柱には、本尊阿弥陀如来に従うように観音菩薩、勢至菩薩をはじめ、様々な楽器を演奏し舞い踊る諸菩薩が極彩色で描かれています。阿弥陀二十五菩薩来迎の構成を意識したもので、本尊阿弥陀如来と一体となった空間構成をつくることを考慮にいれて制作されたものだと思われます。
  • 楼門 重要文化財
    室町時代

    文正元年(1466)に応仁の兵火により焼失し、応仁2年(1468)に再建されました。下層出入口の上に正面、背面とも花肘木(はなひじき)を入れ、正面は蓮唐草浮彫の中央蓮華上の月輪(がちりん)にキリク(梵字で阿弥陀如来を表す)を刻み、背面は牡丹唐草浮彫の中央、牡丹花上に宝珠が刻まれています。
  • 多宝塔
    平成

    円成寺多宝塔は後白河法皇が寄進したとされます。応仁の兵火で焼失、再建された塔も大正9年、老朽化に伴い鎌倉へ移譲され、現在の塔は平成2年(1990)に再建されたものです。塔内には大日如来坐像(国宝・運慶作)が安置され、堂内は中村幸真師の麗筆によって荘厳されています。
  • 護摩堂
    江戸時代・平成改修

    享保15年(1730)再建の堂宇が老朽化したため、平成6年に改修されました。不動明王立像、旧食堂本尊の僧形文殊菩薩坐像、宗祖弘法大師坐像を安置しています。毎月28日には不動明王護摩供養が営まれています。
  • 鎮守社 春日堂・白山堂 国宝
    鎌倉時代

    本堂東の石垣の上に立つ、同形、同寸の二つの社殿。安貞2年(1228)、春日社御造営の折、当時の春日社神主藤原時定卿が旧社殿を拝領し、円成寺の鎮守社としました。全国で最も古い春日造の社殿です。当山の鎮守である春日大明神、白山大権現がそれぞれ祀られています。なお、大正5年(1916)の解体修理の際に、春日社から発見された、永正15年(1518)から慶応3年(1867)までの6枚(表裏合わせて8枚)の修理の棟札が残され、社殿と共に国宝に指定されています。
  • 宇賀神本殿 重要文化財
    鎌倉時代

    白山堂・春日堂の東隣の覆屋内に建っています。春日造社殿の向拝を唐破風とした奈良県内最古級の社殿です。農耕神あるいは蛇神・龍神ともされる宇賀神は仏教では弁才天と習合し、書道の神としても信仰されています。
  • 鎮守拝殿 奈良市指定文化財 江戸時代

    延宝3年(1675)建立。桁行四間、梁行三間(東側二間)の入母屋造こけら葺。
  • 鐘楼 江戸時代

    寛文7年(1667)の再建。桁行梁行ともに9尺の入母屋造瓦葺。梵鐘は近年寄進をうけたもの。